アメリカ留学中に書いた日記が出てきた

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ログ村におきまして、初めて1位を取ることが出来ました。ありがとうございました。

さてさて、先日 ふと思い出したことがありました。

「あれっ? そう言えば アメリカにいた頃、

Yahoo Geocities で日記みたいの書いてなかったっけ?」










その頃は、ホームページ作りなんて何にも分かっていませんでしたし、

取り敢えずボストン・ニューヨーク・シアトル・サンフランシスコ・
ロサンゼルスなどに行った時の様子を残しておこうという一心から
Yahoo Geocities を使いだした記憶があります。














そんな日記の存在を何年かぶりに思い出したのですが、

いかんせん、URLが分からない。














色々と検索をしてみたものの、全くヒットしない。















で、Yahoo のアカウント情報から探したところ、

ついに発見したんです。














正直 その全貌をここで公開するには恥ずかし過ぎますので、

部分的に公開しようかと・・・。














20歳の稚拙な文章ではありますが、お時間ある際にどうぞ。 





(長いです) ↓













東海岸武者修行の旅


(2003年8月6日~8月13日) 

<初日>
2003年8月6日、胸の高鳴りと少しの緊張感と共に日本を出発した。
成田を出発してアトランタ、を経由してボストン。
それからニューヨークに行く1週間の旅だった。
終わったすぐに学校で授業が始まる。
2003年7月~出発前までは学校のテスト、送別会、飲み会、などで
あっという間に過ぎ去っていったため、実質の夏休みはこの1週間だけだった。
しかもニューヨークとボストン。
自分がどうなるのかわからなかったし、どうしたいかもよく分からなかった。
成田~アトランタが約12時間。長いようであっという間だった。
偶然にも隣の席には日本人の女の子。余裕があったので話しかけてみた。
彼女は帰国子女で自分と同い年。日本とアメリカを行ったりきたりしているらしい。
ニューヨークに何度か行ったことがあるらしいので色んなことを聞いた。
結局4時間くらい喋ってた気がする。
他にもアメリカで注意することなど教えてもらった。
んで、最語にメルアドを交換してアトランタで別れを告げた。
そしてついにボストン!
今思うとボストンに着いたときはかなりビビってた気がする。
時間は夜の11時だった。
最初は歩こうとかバスを使おうとかは考えず即効タクシーを呼んでホステルに向かった。
そのタクシーも行く前から色んな情報が入ってたため、
かなり警戒して乗ったのを覚えている。
運転手はでかいアフリカンアメリカン。
何とかホステルには着いたものの、キャッシュをドルに代えてなかったため
早速彼を待たせATMで現金を手に入れた。
もうてんやわんや。
そしてユースにチェックイン。
初日はフライトの疲れと緊張の末あっという間に就寝してしまった。

このときに「ついにアメリカに来た・・・」としみじみ感じていたのを今でも覚えている。
<二日目>
二日目といっても翌日にはニューヨークへ出発するためある意味最初で最後のボストン。
早朝から起きてボストンの町へ繰り出した。
とりあえず目の前にマックがあったので軽く食事を済ませた。
対応は悪い。本当に。
続いてスタバに行きたかったので道行くヒトに「スタバ何処にある?」と聞いてみた。
ボストンのヒトは落ち着いた感じで丁寧に教えてくれた。
ひと時のコーヒータイムをくつろげることが出来た。
散歩している途中に見つけたのが「フェンウェイパーク」である。
フェンウェイパークとはメジャーリーグのボストンレッドソックスのホームスタジアムだ。
偶然にもその日に試合があったので夜はナイターをここで見ることに決めた。
他にも大きなショッピングセンターやボストン大学などに行った
今思うとまだこの頃はアメリカの歩き方をわかっていなかったなという感じだ。
まあ初めてだから当たり前だけど。
あっという間に夜になりフェンウェイパークへと足を伸ばした。
値段は$20。
特にレッドソックスファンでもなかったが日本の野球観戦の感覚でレフトスタンドを選んだ。
相手はアナハイムエンジェルス。
ちなみにメジャーの試合観戦スタイルは日本とは異なる。
敵チームが来ることはほぼ地理上不可能なのでスタンドは全員がボストンファン。
まあすごかったね。
もうヒット打つ度、アウトを取る度大歓声。
あの有名な「take me out to the ball game ~♪」も歌ったさ。
あとみんなホットドックかピーナッツを片手に試合を観戦している。そ
して「やばい、今メジャーリーグ生で見てる・・・!」
とか感動しながら見てたら途中で雨が降ってきた。
そしてどんどん寒くなってきた。
日中はメチャ×2暑かったのに・・・。
しかも試合はエンジェルスが勝った・・・。
というわけで試合終了後のフェンウェイパーク周辺は
ブーブー言いながらファンが帰っていった。
今でも鮮明にガルシアパーラやラミレス、グリーンモンスターのことは覚えている。


<三日目>
10時にニューヨークへ行かなければならなかったため8時にはボストンの空港へ。
メチャ×2小さい飛行機でニューヨークへ向かった。
記憶が曖昧だけど、確か30分くらいでついた気がする。
そんな近いっけな?
ついた空港はジョン・F・ケネディ国際空港。
空港が3つあるニューヨークでも最も大きい空港だ。
ここでもユースまではタクシー向かった。
マンハッタンに入る瞬間は感動モノだった。
結構時間がかかって$30くらい使ったと思う。
ボストンでユースホステルの対応は学んだので簡単にチェックイン、部屋へ向かった。
・・・しかし、違ったことが一つ。
ボストンは一人部屋を予約したのだがここニューヨークはドーム部屋。
しかも12人部屋!!! 
ドアを開けた瞬間笑ってしまった。
大爆笑ではなく「おいおい、マジかよ・・・。」ってな感じのくたびれた笑い。
残りのニューヨーク生活、快適に過ごせるのか?という不安が出てきた。
なんて考えていたらいきなり日本人発見!!
東京理科大の自分と同い年のやつだ。
名前は忘れた。
彼はもう1週間も前にここに来ているらしい。
々と久々の日本語を満喫していたらまた日本人発見!
おっちゃんだ。しかも関西人。
絵に描いたような関西人で元気なおっちゃんだった。
3人で喋っていたらまたまた日本人が!
今日だけで3人が来たのだ。
東京理科大の彼は「今までオレ一人だったのに・・・」
みたいなことを言ってて感動してた。
自分は関西のおっちゃんと意気投合してしまい
今日はバーに行くことになった。
しかもヤンキースタジアムでヤンキースとマリナーズが
試合をしていたので行くバーはスポーツバーになった。
おっちゃんはもう仕事を退職したらしく
遊び気分でニューヨークへ来ているらしい。
しかも今回で5度目。
というわけで色んなニューヨークに関することを聞いた。
おっちゃん曰く、
「旅行本には夜になったら外へは出歩くな、とか書いてあるわな。
 あれまちがいやで。ニューヨークは夜11時以降が楽しいんや」、らしい。
更に「旅行本は若い女性を基準にかいてあるんや。
   だからあれは一般人には間違い。」と言っていた。
これは後々アメリカを旅していく途中に自分でも気づいた。
おっちゃんにビールをおごってもらい気持ちよくなったのでその辺を散歩した。
マンハッタンはニューヨークの中心部である。
だから凄い場所を想像していたのだが、いわゆる日本で言う「都会」ではない。
新宿とか渋谷の方がよっぽど「都会」だ。
ただ歩いているヒトは色んなヒトがいる。
英語は勿論スパニッシュも聞こえるし、全然理解できない言葉も舞う。
まあニューヨーク初日はこんな感じで自分の適応能力がまあまああるな、
とか思いながら過ぎていったのである。


<四日目>
ニューヨーク二日目。この日はおっちゃんと朝からセントラルパークに
1時間の散歩をしてその後メトロポリタン美術館へ行った。
散歩しながらニューヨーカーのさまざまな写真を撮った。
おっちゃん曰く「そこら辺の景色なんかとってもおもろない。
写真って言うのはヒトが写ってないとおもろないんや」ってなことを言いながら
おっちゃんは極度に太った女性が早朝ランニングしている画を撮っていた。
この写真講座もその後じわじわと理解するようになるのだった。
メトロポリタンはとてもよかった。
自分は小学校の頃、生意気にも将来武蔵野美術大学か芸大にはいってやる、
なんて夢を持ってたくらいのガキで、今でも絵を描くことは好きだし
芸術関係にはとても興味がある。
写真もいっぱい撮ってきた。
ここではおっちゃんと別行動で時間までに
お互い好きなように見ようと言うことになった。
2時間くらいは見回ったかな?
美術館なのに警備員がめちゃくちゃいたため、逆にこっちが
見られている様な感じがしたよ。
お前ら! もっと快適に見させろ!
そして見終わったら二人で町のベーグル屋に行った。
ハム&チーズを頼んだんだがメチャ×2でかいベーグルが目の前に来た。
30分くらいかけて食べた。
「格闘しとるみたいやな」
自分がベーグルを食べているときにおっちゃんが放った言葉だ。
その後おっちゃんとはなれ、地下鉄を使ってヤンキースタジアムへと向かった。
ニューヨークのマンハッタンは地下鉄なしでは動けない。
ましてや自分みたいな車もない学生は絶対に必要だ。
メトロカードというある期間はフリーに乗れるカードを買い、
ニューヨークにいる間はサブウェイに乗りまくった。
ヤンキースタジアムにつくとヒトでごった返していた。
印象深かったのは駅の階段を下りる途中に普通に一歩ずつ歩いていたら、
前にいる女性がいきなり振り向いて、「何よ!あんた!」と怒っていた。
勿論自分に対してだ。
後々知ったのだが自分とその女性との歩いている距離が近すぎたらしい。
日本の感覚で言うと通勤ラッシュのように普通なのだが、アメリカでは違った。
最初に感じたカルチャーギャップだったかもしれない。
チケットは一般席が既に売れ切れ状態で、自分は
「障害者席」で試合を見ることになった。値段は$30。
まあニューヨークまで来て文句は言ってられない。迷わず購入。
なんてったって試合は松井秀喜のいるニューヨーク・ヤンキースと
イチロー、佐々木主浩、長谷川滋利のいるシアトル・マリナーズだ。
仕組んだようにうまく出来ていた試合をオレは観戦することに。
ヤンキースタジアムは歴史を感じた。
うまく表現できないけど、鎌倉の大仏とか奈良の大仏を
目の当たりにして感じるのにとても似ている。
試合は松井がホームランでイチローが三安打で長谷川が抑えて佐々木が締める、
なんて日本人にとってうまい具合のシナリオは描かれておらず、初回から投手戦。
松井、イチロー共に一安打ずつ打ったものの、両軍合わせて9安打くらいだっけな?
とにかくピッチャーが良かった。
まあイチローも見れたし松井も見れたし長谷川も見れたので大満足なのであった。
試合後はホステルまで戻って部屋で世界各国の旅人と会話し、

夜は疲れたので早いうちに就寝してしまった。
<五日目>
この日の目当てはMarithé + François Girbaud。
愛してやまないフランスのファッションブランドだ。
アメリカにはニューヨークのみにショップがあるということだったので
絶対行ってやると思っていた。
ジルボーがあるのは一流ブランドが立ち並ぶSOHOの一角で、
ジルボーがまだ世界レベルのブランドではないからか
「地球の歩き方」には場所が記されていなかった。
発見したときは感動モノ。「ジルボーだ!」って感じ。
店内はとてもきれいで日本にはまだ届いていない来年の春夏物もあった。
早速ジルボーの店員さんと会話。
するとその人の彼女が日本人と言うことが発覚!
軽く日本語トークも交えジルボーの新作について語った。
一番驚いたのが値段!
日本のジルボー渋谷パルコ店の中山さんに
「ニューヨークは高いらしい」って言うのは聞いてたが、マジで高かった!
「これって日本でも買うこと出来る?」と聞くと「出来るよ」、
ということなので無理はせず一点だけジルボーの靴を買った。
すげぇクールなヤツで新作ではないけれど日本のジルボーでは
見たことがなかったので$200で購入した。
最後にスタッフ全員の写真を撮らせてもらった。
女店長がいやいやそうな顔をしていたが
出来上がった写真を見ると完璧な笑顔だった・・・。
さすがニューヨーカーだぜ・・・。
他にも数々の世界の高級ブランド店が立ち並んでいたが
特に興味はなかったので足早に立ち去った。
その帰り。凄いことが起きた。
いつものようにタンクトップ一枚でMDプレイヤーを聞きながら
タチの悪いヤンキーっぽくガムをくちゃくちゃしながら歩いていると、
一人の黒人が歩み寄ってきた。
そして、「セントラルパークハドコデスカ??」と聞いてきた。
一瞬戸惑ったが、次の瞬間堂々と「(渋く)あっちだよ」と言ってやった。
彼はすたすたと歩いていった。
ちょっと待て!?
何故君はこんな日本人の若造にセントラルパークまでの道のりを聞く!?
他にも聞くヒトいるだろうが!?
「セントラルパークまでの道を聞く=知ってそうな人に聞く
 =自分が知ってそうだった=自分はニューヨークに詳しい
 =自分はニューヨーカー!?」と勝手に信じた。
信じきった。
「マジかよ!?なんか嬉しいぜ!」とどんどんプラス思考になり
帰りの道がとても楽しくなった。
ありえないことだったのでびっくりしたし嬉しかった
単純だ・・・。
そのまま向かったのはマンハッタンの北にある「コロンビア大学」。
尊敬する人物であると共にの最大のライバル(勝手に思い込み)である
宇多田ヒカルが通う大学である。
コロンビア大学があるのはニューヨークでは
一般的に危険といわれているハーレム地区。
しかし臆することなくガンガン進んで行った。
校内は広く受付で観光客専用のパンフレットをもらえる。
「何語?」と聞かれたので、「日本語じゃ!」というと
日本語のパンフレットが出てきた。
いかに世界中の人々が訪れるかお分かりであろう。
自分はトルーマン州立大学に一年間留学するのだが、
まだ行ったことは当然ないのでこれが実質初めての
「アメリカの大学」訪問であった。
広いし伸び伸び出来るし、環境が素晴らしいと思ったね。
後々コロンビアと自分の留学先を比較してショックに陥った・・・。
まあここは歴史があるから特別なわけだ。
流石に宇多田ヒカルには遭遇しなかったけど楽しい時間を過ごせた。


<六日目>
そろそろ阪神の試合の結果が気になってきたので
この日はインターネットカフェに行くと同時に
マンハッタンの中心部のタイムズスクエアに向かった。地
下鉄で降りると「うわっ!都会っ!」って感じたのを覚えてる。
一番にぎやかだったんじゃないかな、ここは。
インターネットカフェに入ってチケットを買ったにもかかわらず、
使い方が分からず5分くらい格闘した後隣のにーちゃんに聞いて
やっとネット環境になった。
ちなみに阪神は死のロードで連敗していた・・・。
かなりショックだった・・・。
そしてその後は目の前に日本の吉野家があり、牛丼タイム!
々に美味しいお米を食べれたのであった。
お土産や記念グッズもここタイムズスクエア周辺で手に入れることが出来た。
散歩していると派手なミュージカルの看板を発見。
さほど興味はないがせっかくとおもってチケットを購入しようとしたが
自分が見たいのは既に売れ切れで購入することは出来なかった。
次来る機会があったらみることにしたい。
結局タイムズスクエアには合計3回来た。牛丼を食べに・・・。
あと散歩も出来ないこともなかったのでひたすらに歩いた。
確かなんかパレードやってたんだよなぁ・・・。あれ何だったんだろう。
夕暮れ時だったのでセントラルパーク沿いに少し歩くことにした。
すると軽快なメロディが聞こえる。
足を伸ばしてみると!ビートルズだ!
そうセントラルパークにはあのヨーコ・オノがデザインした
ストロベリーフィールドがあるのだ。
そこを囲むようにストリートミュージシャンが
ビートルズのさまざまな楽曲を演奏している。
自分もアコギ片手に路上ライブを決行したことがあるので興味心身に行って見た。
ストロベリーフィールドの周りには大体100人くらいいた気がする。
周辺だけ特別なのか知らないがベンチがたくさん並べられているのだ。
殆ど埋まっていたが運良く一つあいているのを発見。
数々の名曲に耳を傾けた。
時にはみんなで歌ったり踊ってみたり、あっという間に時は流れていった。
どれくらいいたんだ!?
2時間くらいはボーっとしてた気がする。
ホステルまでの道のりはやけに軽快でとてもすがすがしい気分になった。
いつまでたってもジョンは、ビートルズは愛されるなぁ、
と思った瞬間でもありました♪
ホステルに戻ると台湾人のヤツが上のベッドのヤツに
自慢げにTシャツを見せている。
有名な「I ハート(トランプ) New York」Tシャツである。
当時自分は
「おいおい、お前ら。いかにもだなぁ、まんまじゃねーか(このボケぇ)」
くらいに思っていた。
しかし!その台湾人が本当に嬉しそうな顔をしながら見せ付けていると、
次第に「・・・ちょっとかっけーな…」とか思い出したのである!
これまた単純だ・・・。
ホステルで一休みした後、地下鉄でタイムズスクエアまでダッシュで行って
I ハート(トランプ) NewYorkグッズを買いあさったのは言うまでもない・・・。(ノД`)


<七日目>
この日はいざ自由の女神へ!
マンハッタンの最南端の先にある島にあるので
地下鉄で40分ほどでそこまでは行った。
だがbutしかしhowever!
いきなり行列!
世界中から来た観光客が並んでいるのだ!
8月のニューヨークは本当に暑いのでマジ地獄だった。
記憶が確かじゃないけど1時間くらい待った気がした。
その間は人間観察をしていた。世界中の人々を。
家族連れが多かったのを覚えている。
自由の女神がある島までは船で移動する。
初めて遠めから見るマンハッタンはとてもきれいだった。
そしてお目当ての自由の女神。
感想は、「・・・おおっ!」くらいで正直あんまり感動なし・・・。
女神周辺には自由の女神をモチーフにしたお土産がたくさん並んでいたけど、
特に魅力的に感じなかったので素通りの連続だった。
おそらくこういうのはちょっと遠目から見たほうが
より感銘的に映るんだと思われる。
真下から見てもそこら辺のビルと変わらないかも(言い過ぎ)。
ただ一つ知ったのは実は自由の女神は右後ろ足を少し立てているということ。
むしろこっちに感動した!
自由の女神を後にした後向かった先は「Ground Zero」、の跡地。
既にニューヨークの中でも観光客の名所となっているスポットだ。
実際行ってみたがそこには特別な思いがあったように思えた。
行ったことがあるヒトしか感じられない「何か」が。
観光客がおもむろに跡地を撮っていたが
敢えて跡地ではなく「跡地を撮っている人たち」を撮った。
みんなどんなことを考えて写真を撮影していたのだろう。
グラウンドゼロのすぐ近くバーガーキングがあったので空腹をそこで満たした。
やっぱり店舗名は「バーガーキング、グラウンドゼロ店」、なのかなーとか
考えながら超巨大なバーガーを食べたのを覚えている。
結局グラウンドゼロ関係のお土産は買わなかったし、手にすら取らなかった。
何というか・・・ねぇ。
買う気が起きなかった。
理由はよくわからん。
あまり考えないようにしよう。
ホステルに帰ると3人目の日本人ことなべさん(年齢不詳。おそらく30代後半。性格:小心者)が
無謀なことをしていた。
彼は二段ベッドの上に寝ているのだが、
なんとスーツケースをベッドの上に置こうとしているのだ!
「・・・なべさん、絶対それ寝にくいよ?」
「いや、でもほら、不安だから・・・。」



日本人丸出しのなべさんでした。
<最終日>
終わった。最初のアメリカ(サイパン旅行は除く)の旅は終わった・・・。
この日はフライトが昼間だったのでどこかにふらっと遊びに行くことは出来なかった。
しかし今までの経験を活かし、いきなりホステルからタクシーとう方法はやめ、
ラ・ガーディア空港まで近い駅までトランクを運びながら行って
それからタクシーを拾うことに決めた。
空港までの移動の間色んなことを考えた。
この一週間で色んなことを体験したなぁー。
日本にいたら間違いなく経験できない。
CMであるけどお金で買えない価値がある、ってやつ。あれだよ。あれ。
多分何年かしてからここで経験したことがものすごい財産となり宝物になるんだろう。
そして目に見えないところで成長しているんだろう、と感じた。
精神力を筆頭に色んな力がついたと思う。
そしてついに留学生活。
ニューヨーク~シンシナティ~セントルイス~カンザスシティと乗り継いで
留学先に着いた。
世界の中心地で生活していた自分とってはここは荒地以外の他ならなかった・・・。
しかしボストン・ニューヨークを一人で乗り切った自分は自信に満ち溢れており
「やってやるぜ」という気持ちでいっぱいだったのだ。 
余談:ここに着き、メールをチェックすると「大丈夫だった?」というメールが多数届いていた。
「?」という感じでニュースを見たら「ニューヨーク大停電」の文字が。
8月14日にありえない大停電が起きてそれがまだ続いているらしい。
自分がニューヨークを出発したのは8月13日。・・・奇跡が起きた。




・・・長い文章にお付き合い頂きましてありがとうございました(笑)



いやぁー、イタイ!


イタイなぁ~自分!


なんだか読んでてぞっとします(恐)










無駄にカッコつけてるし・・・。




まだまだこんな感じのがあるんですが、好評であった場合のみ公開します!

(恐らく不評)

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