
今週、仕事で弁護士事務所に行く機会がありました。
オーストラリア系列の弁護士事務所でビルの53階にあるという、それはそれは豪華絢爛な事務所でして。
そこでインドネシア人の弁護士と打ち合わせをしたのですが・・・。
インドネシア人の弁護士と英語で打ち合わせして感じた「格の違い」
以前から私は、「ビジネス英語は、自分の仕事で求められている最低レベルさえ満たしていれば良い」という考えでした。
この考えは基本的には今でも変わりません。
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私には英検1級に合格するために難関単語を暗記しまくった経験がありますが、それらの殆どを仕事で使っていません。
米国留学を目指した10代、仕事で英語を使う姿に憧れた20代前半には、「多くの単語を暗記しよう! 一つでも多く知っている方が良い!」といったスタンスでした。
が、いざ実際に英語を使って仕事をすると、そこまでの英語力は必要ではないということに気付いてきたのです。
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そんな中、弁護士と打ち合わせをしたのですよ。
まぁ打ち合わせと言いましても、基本的には私がパワーポイントを使って一方的に依頼事項を説明するという内容でして。
で、説明が一通り終わると、その内容について質問が飛んできたのです。
その時に繰り広げられた会話が、英語が、非常に崇高なものだったのです。
「崇高」と言いましても、ただ単に使っている英語がバラエティに飛んでいたってくらいなんですけど。
その表現が、語彙のチョイスが、普段周りのインドネシア人が使う英語のそれとは全然違ったので大変驚いたのです。
えっ? 具体的にどんな表現だったかって!?
えーっとね、記憶にあるのは xxx is happened to xxx とかかな・・・。
正直あんまり記憶にないのですよ。スンマセン。
ただ鮮明に覚えているのは、私の発言する英語に対して瞬時に理解をしてもらい、瞬時に反応がくる。
で、それに反応して私も回答を発する。
この会話のリズムが非常に心地よかったのです。
普段仕事で使っている英語については、「いかにシンプルな単語・熟語を駆使して、相手に一度で理解してもらえるか」に重きを置いています。
なぜそこに重きを置くかと聞かれれば、インドネシア人にとって英語は第二言語である点、加えて、一般的なインドネシア人では十分な教育(英語のみならず)を受けている人材が限られている点が大きいです。
外資系企業に勤めている彼ら・彼女からしたら、「問題なく英語を使えている」いう感覚はあるのでしょうが、やっぱりそこは第二言語の世界。
そして私にとっても英語は第二言語なわけですから、やっぱり英検1級で覚えた単語とか、TOEIC Part 5におけるレア表現なんかは使う機会がないのですよ。
理由は使ったところで相手に伝わらないから。
casting a shadowとか、ハァ?でしょ。
(そもそもcast a shadow自体、仕事で使わないと思いますけど・・・)
伝わらない表現を用いて相手を混乱させ仕事に支障が出てしまうようでは意味がありません。
いかにTOEICがビジネス英語を測る英語テストだとしても、実用範囲は限られていますからね。
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故に、冒頭に申し上げたとおり、「ビジネス英語は、自分の仕事で求められている最低レベルさえ満たしていれば良い」という考えに繋がるのです。
弁護士が全ての職業の頂点にいるとは思わないが、やはりその学のレベルは高い
それでも。
それでも、やっぱり弁護士の使う英語ってのは特別なものだと感じました。
発音は・・・そうですね、いわゆるネイティブのそれとは全然違うんですけどね。
インドネシア人とかアジア人の中の「発音の世界」におけるトップといった感じ。
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発音はネイティブとは異なっていたとしても、そのビジネスマンとしての英語スキルはレベルが高いと感じずにいられませんでした。
そして、そこに感動と刺激を覚えた自分がいました。
世の中の職業の中で弁護士が最もレベルが高いわけではありませんが、それでも我々普通のサラリーマンとはレベルが違うのかなーと・・・。
決して「弁護士になりたい!」とは思いませんよ?
でも、それでもね・・・。
普段から同じようなレベルの高い人たちと英語を使っているとこうも違うもんかと。
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英語の表現もさることながら、自信に満ち溢れた姿勢やコミュニケーションを取る時のジェスチャー、こちらを見る目線、立ち振る舞いなんかも含めて「なんかスゲェ・・・」と圧倒されましたし。
なお、冒頭から触れている、「ビジネス英語は、自分の仕事で求められている最低レベルさえ満たしていれば良い」というのは未だに間違いないと思っています。
方や、「英語のレベルは低いより高い方がいい」とは常々思っています。
私が未だに英語を勉強しているのはそこにも理由があるのですが、漠然と「上を目指す」よりは、目標・理想とする人はいるに越したことがないですよね。
日本で働いているステージが1だとしたら、海外で働くことによってステージ2に進んで、そこで少し落ち着いてしまっている自分がいただけに今回の弁護士事変は私にとって大きな刺激となりました。
自分の周りにいる5人によって人生は変わる
大学生二年生の時に人から聞いた話で印象に残っているのが、「家族以外で自分の周りで最も近くにいる5人のスペック以上になることはない」というものでした。
当時の私は留学を目指して毎日ギラギラ勉強しており、意識高い系学生を気取っていましたので、速攻で「こいつは違う」という友達とは接触しないようになりました。
今思うとその行動自体どうかと感じるのですが、でもまぁ・・・あながち間違っているともいえません。
弁護士事務所で働く人 (弁護士、アシスタント、事務職など)は、周りに崇高な英語を駆使する人たちがいるので自ずとそのスペックが「自分の世界」と化します。
逆に、私のように、普通のサラリーマンの世界に身を置いていると、それがそのまま「自分の世界」になってしまうと思うのです。
これで「問題ない」という人にとってはどうでもいいと思います。
で、私も基本的には気にしていませんでした。少なくともこの数年は。
しかし・・・、やっぱりこういった刺激を受けてムズムズする自分がいるわけでして・・・。
何とも表現しづらいのですが、現在の自分に満足することなく、より高みを目指すべく、自分の世界を広げる努力をし続けたいと思いました。