「お前は早くインドネシア語学校に通え!」と怒鳴られながらも私が頑なに拒否る3つの理由

「お前は早くインドネシア語学校に通え!」と怒鳴られながらも私が頑なに拒否る3つの理由

弊社の場合、駐在員には会社から語学補助として年間15万円ほどが支給されます。

ここで言う「語学」とは基本的には現地語を指しますが、現地語が英語である国を除き、第二言語として英語のスクールに通うことも可能です。

ただ、2016年12月現在、私はインドネシア語学校にも、そして当然英語の学校にも通っていません。

赴任当初は、「せっかく補助金が出るのだから、学校に行ってインドネシア語を勉強した方がいいよ」と周りから言われていましたが、完全無視していました。

完全無視の結果、最近になると「お前は早くインドネシア学校に通い!」と怒鳴られるほどに。

それでも私は行く気はありません。その理由は3つあります。

【理由1】「宿題のための勉強」化を避けたいから

既にインドネシア語スクールに通っている同僚によると、毎週宿題が出るそうです。

宿題は単語や熟語を暗記のようで、その暗記度合いをチェックすべく毎週テストを行っている様子。

結果的に、インドネシア語学校と言いつつも、内容としては宿題の答え合わせ + 補足に過ぎないようで。

 

こういった授業を行う結果、「インドネシア語を学ぶ」という行為は、いずれ「毎週の宿題を終わらせる」という行為にすり替わってしまうと私は考えるのです。

 

宿題のためのインドネシア語勉強になった瞬間、一気に義務感が出てきてしまい、モチベーションが下がるでしょう。

一旦この状況に陥ってしまうと、語学学習においては一気に悪循環に陥ります。

「インドネシア語学校で学んだ単語・表現を仕事で活かそう!」という意識は次第に薄れ始め、毎週のインドネシア語学校の宿題をこなすことが目的となってしまいます。

 

このモチベーションで語学学校に1年間通い、頑張って毎週100点を取ったとしても、1年後に残るのは「100点のテスト用紙」だけです。

 

さて当初の目的はどこへやら。

 

また、極端なことを言うとインドネシア語の単語なんて無理して暗記しなくていいと思うんです。

最近ではグーグル翻訳に代表される翻訳サイトが多く存在し、簡単な表現であれば誤訳なしに使うことができます。

 

Google 翻訳 → https://translate.google.com/?hl=ja

 

「仕事上、インドネシア語の単語を書かなくてはいけない」という人も中にはいるかもしれませんが、とりあえず私には不要です。

従いまして、インドネシア語を学ぶプロセスとして、「暗記したものを仕事で使う」ではなくて、「仕事で使ってたら暗記してた」というプロセスの方が遥かに望ましい。

となると、事前にある程度必要とされる単語・熟語を暗記するなんてことを全くをもって必要なありません。

 

むしろ、言いたいことがある時点でそれをグーグル翻訳などを使いインドネシア語に訳し、実際に口に出して使ってみることの方がよっぽど近道となるはずです。

ちなみに2016年11月にグーグル翻訳は進化を遂げたようですが、それでも誤訳が目立つので私はヤラクゼンという最近リリースされた翻訳サイトを活用しています。

 

 

【理由2】既にアウトプットの機会があるから

中学1年生の時に授業で英語の勉強をし始めた頃は、英単語や英熟語、文法などをインプットしても、それらを活かす機会がほとんどありませんでした。

当時は、高校生の時に近所の米軍基地にプライベート英会話教室として通って英語を使うのがせいぜい。

その後、大学生の時に夢だった米国留学を叶え、一気にアウトプットの機会を得ることができたのですが、それでも日本人とつるんでしまっていました。

紆余曲折を経て、社会人となり仕事で使う機会が増え、毎日アウトプットし放題の日々を送ることができたわけです (現在進行形です)。

 

語学はアウトプットの機会があってなんぼです。

週1回インドネシア語学校に通ったとすると、それはそれで意味はあると思います。

見かけ上、「毎週、インドネシア語学校に通っている」という方が勉強熱心に映るのかもしれません。

 

しかしながら、私は今現在インドネシアに住んでいるわけです。

周りはインドネシア人だらけ。

 

当然、英語を話せる人も多いので英語でコミュニケーションをとってもいいのですが、インドネシア語でコミュニケーションとってもいいわけです。

仮に私が発したインドネシア語が間違っていたら訂正してもらうこともできますし、知らない表現を直接教えてもらうことだってできます。

 

語学を学び始めたヤツからしたらパラダイスです。

そんな状況下にあるにもかかわらず、わざわざ語学学校に行く必要はあるのでしょうか。

 

 

【理由3】文法から入らない語学習得の道を経験してみたかったから

私が英語を勉強し始めたきっかけは中学校の授業です。

そして、その時はいわゆる”This is a pen.”から入っています。

その後、名詞・動詞の活用方法を学び、冠詞・接続詞に発展し、諸々の英文法を叩き込まれました。

 

日本の英語教育の是非が問われる時に必ず話題に上がるのがこの「英文法から入るのは良いのか?悪いのか?」論です。

一般的には「英文法から入るべきではない」の意見の方が優勢のように思えます。

(理由は文法を気にしてしまい肝心な会話ができなくなるからとかだと)

 

私自身はがっつり英文法から入りましたが、可能であれば文法から入らないパターンも経験したかったのが正直なところ。

 

話を戻しますと、インドネシア語学校に通うと、やはり英語と同じように文法から入るのです。

英語まで文法が厳しくなく、比較的緩いと言われているインドネシア語ですが、さすがにルールはあります。

ただ、英語同様にこのルールを先に頭に入れてしまうと会話ができなくなってしまう可能性が高いと思うのです。

 

従って、英語学習での経験を反面教師として活かし、インドネシア語については文法から入らないプロセスで習得してみたいと思っています。

 

なお、私がインドネシア語で使うであろうスキルの優先順位は、スピーキング > リスニング > リーディング > ライティングです。

優先順位はこうですが、極端なことを言うと、リーディングとライティングは不要。

スピーキングとリスニングスキルさえあれば、その時点で「インドネシア語習得」としても良いと思っています。